Chapter01

突然示された、お題

2012年のある日、わたしたち「ウテナ」の研究所に小さなボトルが持ち込まれ
ました。
それは、弊社の役員が親しい歌舞伎俳優の五代目 中村雀右衛門さんからお預り
したものでした。

そのボトルには雀右衛門さんをはじめとする京屋一門のみなさんが使われて
きたという「鬢付け油」と呼ばれるヘアワックス剤のようなものが入っていま
した。
先代が特注されていたものだそうですが、もう残りが少なく、どこで作られた
かもわからないとのこと。

わたしたちに「これと同じものを再現してくれないか」と言うのです。

歌舞伎俳優にとってのお化粧といえば、演技をするうえでも非常に重要な意味を持つもの。
顔の特徴はあえて消し去り、とにかく舞台映えを高めるために丁寧な白塗りを施すことからはじまります。立役(男役)は隈取で役の性格や気持ちを表し、女形は使う色や眉の仕上げ方などで役の年齢や色気、性格までも表現させます。

丹念に作り上げられる歌舞伎のお化粧。
その土台となる白塗りを美しく塗り込むためには、肌に直接塗布する化粧下地油こそが肝心要といえます。

当時、ウテナには舞台化粧のノウハウはありませんでした。スキンケアと向き合い100年ほどになる知見の蓄積はあるものの、突然示されたお題にゼロからのスタートを切ることとなったのです。

なぜ、いま、「サステナビリティ」なの?
Chapter02

受け継がれてきた使い方に
                   隠されたヒント

まずは、お預かりしたものの成分を分析し、原料の特定からはじめました。
一般に市販されている舞台用の下地クリームなどをいくつも触りながら感触を近づけ、試作をくり返していきます。

原料については至極シンプルなもので数種類の組み合わせであることがわかってきました。
しかし、お預かりしたクリームは褐色を帯びており、その色味に近づくことができません。

「何か特別なものが入っているのですか?」とお聞きしたところ、白粉のつきを良くするために開封せずに長く寝かせていたためだというのです!

研究所でいくら調べてもなかなか判明できず、特別な成分や着色がなされているものかと推測しましたが、その色味は経年によるものというまさかの展開。

今となっては笑い話のひとつですが、「この鬢付け油は寝かせるほど、粘りが出て使いやすい」と受け継がれていたのです。それも一門のみなさんの経験値によって継承されてきたこと。ここに歌舞伎俳優が求める理想の下地油へのヒントが隠れていました。

Chapter03

合格点が出るのか、出ないのか

成分について解明されたところで、「寝かさずとも新品の状態でその粘りを再現する」と
いう新しい命題が加わりました。

試作品をお渡しし、そのフィードバックを待たずともさらに新たな試作品を開発していく
……。
そんな日々が続いていました。

あれほどしなやかに壇上を舞う歌舞伎俳優ですが、じつは、ものすごい運動量なのをご存
知ですか?
身にまとうかつらと衣装は数十キロ、一度の公演時間は4時間にも及びます。壇上はスポ
ットライトの影響でとても暑く、終演の頃にはまさに滝のような汗。

そんな過酷な状況にもかかわらず、「一流の役者は汗や化粧で衣装を汚してはならない」といわれる厳しい歌舞伎の世界。
わたしたちが提供する下地油も着物のこすれや舞台上の熱にも耐えうる粘着性の強いものでなければいけません。

試作品の往復が度重なり、使用される状況を知れば知るほど、ハードルが上がっていくような気がしました。このままお断りの連絡が来てしまうのでは……そんな気持ちになったことも。

そんなとき、ヒントになったのが、ウテナのベストセラー商品、ヘアスタイリング剤「マトメージュ」です。髪になでつけて使う固形ワックスですが、この商品の元になったのがいわゆる「鬢付け油」。「マトメージュ」を参考に「接着成分」をプラスしてみたところ、肌、白粉、どちらにも密着する下地油を作りだすことに成功しました。

伝統芸能継承の一助になればと、会社も「利益度外視でも本当にいいものを実現しよう!」と後押し。その思いにも応えねばと背筋が伸びたものです。

最終候補に残ったのは、ふたつの試作品でした。

Chapter04

期待を超えるということ

最終候補のうちひとつは、雀右衛門さんのご要望通りお化粧が崩れにくい”粘り”にとことんこだわったものでしたが、選ばれたのはそちらではありませんでした。

“粘り”を重要視しながらも、すくいやすさ、付けやすさ、落としやすさなど総合的なバランスを整え完成させたものを合わせてお届けしていたのです。

バランス重視の処方を選ばれた雀右衛門さんからいただいたのは「これは以前と同じものではないですね。さらにいいものが出来上がったよ!」というお言葉。
「崩れにくく落ちないのに、メイク落としだとスルンと落ちる!どうしてこんなことができるんですか?」と驚いてくださいました。

歌舞伎用の化粧下地は、かたいものほど崩れにくいとされています。柔らかくしたのちにそれが固まって落ちにくくなる……という仕組みです。

しかし、かたいものは落ちにくい分、扱いにくいもの。わたしたちウテナの下地油は適度な柔らかさと粘りがあるので肌になじんでよく伸びます。そして、化粧を落とす際の負担が少ないよう、メイク落としともよくなじみ落ちやすい処方がポイントとなりました。

脈々と受け継がれてきた伝統の世界、新しくお化粧品をお選びいただくことはそう簡単なことではありません。しかし、この化粧下地油を気に入ってくださった雀右衛門さんが、多くの方に勧めてくださり、今ではさまざまな役者さんにご愛用いただいています。歌舞伎以外の白塗り化粧をする日本舞踊をされる方や舞妓さんなどにもご使用いただけるよう、通販でのお買い求めも可能になりました。

試行錯誤を重ね、妥協せずに取り組み続けたことで、期待に応えることができたのだと思っています。

Chapter05

伝統文化を通じて、過去から未来へ

今回ご紹介した化粧下地油は、みなさんが日頃使われるような商品では
ありません。
それでも、今回このお話をお伝えすることで、みなさんにも日本の伝統
文化を知っていただき、未来へ継承していくことの大切さを考えていただく
きっかけになればと思います。

わたしたちの挑戦はこれで終わりではありません。

歌舞伎俳優の方たちの中には肌が丈夫ではない方もいらっしゃいます。
そのような方はお化粧を落とすと、肌が赤みがかっていたり、目の周り
がくすんでいたり、日々のお化粧による負担が大きいことがわかりました。

わたしたちは、こういったお悩みにも応えられるよう、さらにもう一歩踏み込んだ商品などをご提供できるよう、まだまだチャレンジを続けていこうと思っています。

また、わたしたちはこの事例をきっかけに、原料となるモクロウの未来について考えることも増えました。
モクロウとは和ろうそくの原料でもありますが、電気の普及によりモクロウのためのハゼノキを栽培する生産者さんが減っているのだそうです。まだ実行できていることは少ないですが、原料の選定やその周辺環境にも目を向け、よりエシカルな商品を生み出し、未来へつなげていきたいと考えています。

まずは小さな一歩から。
「ウテナ 化粧下地油」も、最初は小さなボトルを手にしたところからはじまりました。

みなさんの小さなサステナブル行動から未来が少しずついい方向に変わるかもしれません。
わたしたちもみなさんといっしょに、そんな視点で日々を過ごしていけたらと思うのです。